家への帰り道、練習をかねて、よく1人で英語で喋ってるんだけど(他人から見ればヤバイ人)、
英語で考えたり話したりしていると、日本語バージョンの自分には思いつかなかった視点が出てきたりする。
「英語を身につけると世界が広がる」というとき、それは外国に住む友達ができたり、英語のニュースを読めるようになったり…といった話になることが多いんだけど、
それとはちょっと違って、考え方自体が少し違っている感覚がある。
これは言語そのものの特性もあると思うし、あとは、母語じゃないがゆえに、より客観視できているというのもある気がする。
日本語で考えているときは、「ああいま自分は日本語で思考しているな」なんて思うことはほぼないよね。母語っていうのは、空気のように当たり前な存在だから。
他方、英語のときは、それと比べて、ちょっとした距離感がある。
説明が難しいんだけど、たとえば「毎日運動したほうがいいかな」について考えているとしよう。
日本語なら特に何も考えず「いやー面倒くさー」で済ませてしまうかもだけど、
英語バージョンのときは、「確かに毎日は大変だけど、運動の利点が大きいのは分かってるんよな」になる感じ。
なんか客観的に状況をとらえている印象が強いよね。
どっちが良いとかじゃなくて、ちょっと普段とは違った見方で考えられるということで、これも「英語の勉強で世界が広がる」の一部なんじゃないかと思っている。
ただ、これは英語の先生っていう仕事の宿命なのかもしれないけど、
英語で話していると、「あれこれ正確な表現だっけ? 何て言えばいいんだ英語で」という疑問にぶつかりまくる。
そして今の時代はAIのおかげで、すぐに質問できてしまう。
便利で良いんだけど、思考の流れはその度にぶった切られる。
じゃあ些細な疑問は無視すればいいんだけど(→この"いい加減"さが、英語の本を読むときのコツでもある)、
それでも気になってしまう…
まあこれは、英語の先生の多くは同じような感じだと思う。
普段は高校生の英語力を高めるお手伝いをしているわけだけど、
みんなに追い抜かれないように、自分の英語力もさらに磨いていきたい。
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最近も、たくさんの差し入れをいただいています!
こちらは旅行のおみやげ(タイと東京)!
そして、小腹が空いたときに嬉しいラーメンやワンタンなども!
お心遣い、いつも本当にありがたいです。
生徒のみんなで(そしてJeffも...)おいしくいただいています!!